1997年33歳の頃。
第二戦で「納得のいく走りが出来たが順位は4位」という結果でノーマルエンジンの限界を感じたワタクシ。
次の第三戦は9月23日の祭日だった。
これまでレースは日曜日開催が基本だったので、この日は「普段は日曜が休めない仕事なので出たくても出られなかった人」が多く参戦していた。
その中の一人に、ワタクシの青ハチロクの前の所有者で、ショップのトップメカニックでもあるKさんが居た。
KさんはEGシビックでの参加で「EKシビック総長」や「EFシビックOさん」と同じC1クラス。
そして「EFシビックMくん」や、いつもの「EPスターレットHくん」も参戦していた。
Kさんにはこのレースまでに『青ハチ』のエンジンについて相談していた。
そして「第三戦には現場に行くからこの目でしっかり見て判断したる」と言ってもらっていた。
さてまず予選。
C2(シビック改クラス)10台参加中…
総長がトップタイム。
2番手がEFのOさん。
3番手がEFのMくん。
4番手がEGのKさん。
SF(ノーマルシビック他クラス)8台参加中…
EPスターレットのHくんが2番手。
ウチのチーム、スゲー!(^◇^;)
そして肝心のワタクシ、C1(ハチロク改クラス)で21台中13番手。
参加台数が多いとはいえ、なんとなくワタクシだけ「蚊帳の外」の感じ(^へ^;)
そして決勝。
C2クラス。
ポールスタートの総長はトップでゴールしたが「イエローフラッグ区間での周回遅れ追い越し」のペナルティーで順位をおとされ結果的には6位。
2番手スタートと3番手スタートのOさんMくんはそれぞれそのままの順位でゴール。
実質、ウチのチームが「ワンツースリー」だった訳だな。
そして5番手スタートのKさんはレース中ボンネットが開くと言う珍しいトラブルでリタイア。
混走のSFクラスではEPのHくんが1位。
ワタクシの一年遅れでこのレースに参戦している彼が、ようやく初優勝だ。
最後はワタクシが参加のC1クラス。
スタート時、空模様が怪しかったが全車ドライタイヤだった。
13番手からスタートしたワタクシ、前回のレースと同じように「ストレートではなるべく離されず、コーナーが連続するマウンテン区間で抜く」という作戦でどんどん前車をパスしていって、途中降り出した雨も手伝い終わってみれば6位入賞。
帰り際にKさんが
「ホンマやなぁ。ストレートさえもうちょい伸びたら勝てるとまでは言わんけどええとこいけると思うねんけどなぁ…この際エンジン替えてまう?」と。
「いや、お金があったらすぐにでもチューンしてもらいますけど、そんなに無いんで…」とワタクシ。
「エンジンなぁ…実は1基アテがあんねん」
Kさんの言葉に色んな意味で震えるワタクシであった。
続く☆