muranakaromanのブログ

ドラマー村中♪ろまん♪

ネットバンドその1

 

1998年 34歳の頃。

 

後輩ギタリスト「OK」に誘われたブルースユニット「フライングニップルズ」のライブも無事終了(確か場所をかえて2回ライブをしたような記憶も…あまり定かではないが^_^;)


このバンドはイベント用に集められたバンドだったので「これにて終了」だと思っていたら、ベースのY縣さんから「Y尾と3人でバンドしませんか?」と誘われた。


詳しく話をきくと「インターネットでオリジナル曲を発表する『ネットバンド』を作りたい、ギターもベースも私(Y縣さん)が弾くので村中さんにはドラムを叩いて欲しい、歌はY尾に歌わせる」と。
Y尾ちゃんはY縣さんの後輩にあたるそうで、そう言えばY尾ちゃんもずっとY縣さんを「先輩」と呼んでいた。

 


まだ『電話しか出来ない』携帯電話の電話番号は10桁の時代。
パソコンで言うと「Windows 98」が日本で発売された年だ。
ちなみにこの1998年の日本のネット普及率は13%ほどだったそう。


とりあえず各自のネット環境構築と曲作りから始まった。
ワタクシも自宅にパソコンを買った。


無線LAN光ファイバーでの「常時接続」が当たり前になっている現在からは想像しにくいが、この当時「常時接続」をしている一般家庭はほとんどなかった。
若い人には信じられないだろうが、ネット接続するのに「電話をかける」時代だったのだ。


各プロバイダーのアクセスポイントに電話をかけ(←さすがに「もしもし」ではなくパソコンから)ネットに繋ぐ。
当然、ネットに繋いでいる時間は「電話代」がかかる(当然その家の電話は「話し中」となり使えない…イチニッパ以外ね^_^;)
通信速度も遅いし、パソコンの処理能力も今と比べると格段に低いので、ダウンロードやアップロードにかなり時間がかかる。
電話料金も高額になるので、我々は夜11時になるのを待ってネットに繋いだ。
我々世代には懐かしい「テレホタイム」である。
23時~翌朝8時まではいくら電話しても同じ料金の「テレホーダイ」と言う電話料金割引サービスがあったのだ。


YOUTUBENetflix全盛のこの時代からは考えられないが「パソコンでなめらかな動画を見る」ことさえ難しい時代だった(^_^;)


なのでオリジナル曲を公表する「形式」にも頭を悩ませたが、この辺りに詳しいY縣さんが素晴らしいアメリカのサイトを見つけてきた。


それが「MP3.com(エムピースリードットコム)」である。

 

 


続く☆