muranakaromanのブログ

ドラマー村中♪ろまん♪

バンドマン時代その7

 

1987年24歳の頃。


ここまでの雑なあらすじ。

 

高校生になりドラムを始める。

ロックンロールを叩く。

ハードロックを叩く。

プログレを叩く。

菅沼孝三氏の弟子になる。

拠点を東京に移す為に掛け持ちしていたバンドを辞める。

東京行きがポシャる。

フライング2やセリカさんのバックをしたりしながら、ズルズルと夜の世界へ。

なんでも叩くバンドマン稼業に精を出す。

母から「ええ加減そんな事辞めて手に職でも付けろアホ!」をオブラートに包んで言われる←いまココ

 

 

 

母からの相談を受けて、機嫌良く続けてきたバンドマン生活に終止符を打つべきか悩んでいたこの頃。

 

 

ある朝…いや、ある昼に目を覚ますと(明け方まで仕事してるんですから昼まで寝てても怒りないな^_^;)家の前の小学校から子供たちが体育で走り幅跳びとかしている声が聞こえていた。

 

「あぁ今日も平日か。またドラム叩かなアカンねんなぁ」

 

そんな独り言を口にしながら起きあがったのだが、何か違和感が。

 

 

あれ?ドラマーになりたかったんちゃうん?

プロになりたかったんちゃうん?

毎日ドラム叩ける生活を送りたかったんちゃうん?

 

 

こんな自問自答(答えてないから「自問」だけか)を繰り返す寝起きのワタクシ。

 

 

「職業ドラマー」としてギャラを貰う以上、気のすすまない内容であろうが、イヤな曲であろうが、嫌いなジャンルであろうが、断る訳にはいかない。

 

この頃のワタクシは、知らず知らずのうちにドラムを叩くのがイヤになりかけていたようだ。

 

その月いっぱいでバンドマンの仕事を辞め、調律師さんに弟子入りする事にしたワタクシ(←決断早っ^_^;)

 

「弟子入り」なので当然給料は無し。

だが、修理作業の手伝いやピアノ運送もしたので、月謝を払わなければいけない訳でもなかった。

 

ピアノ調律師になる訓練」や「ピアノの修理技術体得」には皆さん興味は無いだろうから、ここでは割愛する(笑)

 

ちなみに調律師さんに弟子入りしてからはスティックを握る事さえなかった←こう言うとこ真面目(^_^;)

 

 

 

では、皆さん長々ダラダラと書き連ねてきたブログを読んでいただきありがとうございました。

 

 

 

続く☆ ←続くんかいっ!?(^o^;)