muranakaromanのブログ

ドラマー村中♪ろまん♪

フライング その4

1983年20歳の頃。

 

野外イベントのトリを(ゲストの力を借りまくりで)見事に盛り上げた「アキヒサwithフライング」であったが、その後いきなりピンチを迎える。

 

「さぁこれからどんどんライブして行くで〜」となった途端に、ギターの木村ワローが「先の野外イベントでギターシールドが短く、フロントマン全員で並んでのステージングに一人だけ加われなかった」って事を苦に(笑)脱退を表明(本当の理由は忘れた^_^;)

 

しばらくはギター1本で活動していたが、やはり「もう1本ギター欲しい病」が再発。

しかし、ギタリストを探すもなかなか見つからず。

 

 

その頃、先の野外イベントで共演したメタルバンド「ラフレシア」から「ドラマーとしての加入」を頼まれていたワタクシ。

 

メンバーが見つからない苦労を身に染みて感じていたので、ラフレシアに加入を決めた。

 

『あ、ギタリストが見つからないフライングに見切りを付けて違うバンドに行ったんだな』と思ったアナタ、残念!ハズレです。

 

このメタルバンド「ラフレシア」は、この頃

リーダーでギターのカシワダキョウイチ

ヴォーカルはジュンコ

ベースはクロツジ

ドラムは募集中。

 

ワタクシはドラムが見つからないとライブが出来ない弱味につけ込んで(おい!^_^;)条件付きで加入を承諾する。

 

「俺ラフレシアでドラム叩くから、代わりにカシワダもフライングでギター弾いて」

 

そう、ワタクシもカシワダもバンドを「掛け持ち」する事となったのである。

 

当時バンドの掛け持ち…それもオリジナルバンドの掛け持ちはとても珍しかった。

 

メンバーからの反対は無かったか?と言えば…全く無かった(笑)

 

なぜなら「掛け持ち」は他ならぬ戸田さん発案だったから(笑)

 

しかしラフレシアのメンバーは、よく承知してくれたよなぁ。

 

そんなこんなでメンバーが決まってライブを重ねていた「アキヒサwithフライング」のメンバーを舞い上がらせる知らせが!!!

 

 

続く☆