muranakaromanのブログ

ドラマー村中♪ろまん♪

高校三年生 その2

「よっしゃ!俺も頑張ろう!!」と思った時。


・ドラムセットを手にした時

・高校の軽音楽部に入って先輩達のカッコいいドラムプレイを観た時

・軽音楽部で同学年だけど中一からドラムを叩いているY君の上手さに驚いた時

・「知り合いの知り合い」が8.8ROCK DAYのジュニア部門でグランプリを獲ったと聞いた時

 

さてアナタはどんな時?(笑)

 

 

前置きが長くなったが、バハマで初めてスーパーフライングバンドを観たワタクシの第一印象は…

 

一秒間にいくつ音符を弾いているんだ?!ってぐらいの速弾きから一転、泣きのハイトーンを「顔で弾く」戸田さん(←この人が兄のよく行く「楽器屋の店員さん」…これでもプロと違うんや?!)

 

すさまじいチョッパー(当時はスラップとは言ってなかった)や、とんでもなく速いベースラインを「なんでもないように」笑顔で弾く浜中さん。

 

聴いた事もないようなキラキラシンセサウンドの川上さん。

 

シロタマ(全音符)だけで涙が出てくるオルガンの下津さん。

 

そしてなんと言っても手が8本足が4本ありそうな凄まじいプレイで圧倒するドラムの菅沼孝三さん。

 

一番驚いたのは、歌い出すとこれだけの音数と音量を「バック」にしてしまえる声量とキャラクターの持ち主、ヴォーカルのささくら慎三さん。

 

ライブが終わった時は、それはそれは興奮して「スゲー!スゲー!」しか言えないボキャブラリー不足なヤツになっていたワタクシ。

 

しかしながら冒頭の「よっしゃ!俺も頑張ろう!!」とは思えなかった。

 

「あんな凄まじいドラム…一生練習しても出来る訳ないやん。。。」

 

「大阪のライブハウスに出てるアマチュアバンドであんなに凄いレベルなら…全国区のプロはどんなレベルなんやろ。。。」

 

「もうドラム辞めよ。。。」

 

本気でそう思った17の夜(1980年頃)

 

 

それからのワタクシはスーパーフライングバンドの「追っかけ」のようになっていた。

 

バハマ、スタジオあひる(この時の対バンは子供ばんどだったかな?)、ゴーストタウン等々。

 

 

そんなある日「スーパーフライング解散するんやって」と兄から聞かされる。

 

兄に詳しく聞くと、あの初めて観たバハマライブの頃には、すでに解散が決まっていたらしい(なんでもベースの浜中さんが仕事とバンドの両立が難しいとか)

 

で、ヴォーカルの慎三さんはドラムの孝三さん、キーボードの川上さんと新しいバンドをするそうな。

 

とここまで話をしてくれてる兄が、なぜかニヤけている。

そしてこのあとさらに驚くニュースを聞かされる事になるのであった!(←大袈裟^_^;)

 

 

続く☆